Drafts

@cm3 の草稿置場 / 少々Wikiっぽく使っているので中身は適宜追記修正されます。

「なぜ僕はジェンダーを語る人と衝突しがちなのか」第 k 回、「ブルードルフィンのヘルメット」です。


Twitterパパ、スーパー戦隊は仕事なの?「スーパー戦隊と公共性」(工藤啓) - 個人 - Yahoo!ニュース というリンクが張られていて、流し読みながら、別にこれとは全く関係が無いのですが、スーパー戦隊って男に強さ、女に優しさを性格付けする描写が多かったので、今なら問題にされやすいだろうなぁと考えてました。そもそも女性が主役にならないのは仮面ライダーも同じで、仮面ライダーの主人公って男ばっかりですけど、女主人公とかつくらな... - Yahoo!知恵袋みたいな回答にあるように基本的に「子供向けキャラクタービジネスの世界では、『男女の住み分け』は思っている以上に重要」なんですが、そういう文脈を無視するのがジェンダー界隈なので*1

子供っていわゆる第一次反抗期くらいから男女別々に遊ぶことが多くなって、同性で同じコンテンツを見ていることも重要になってくるのかと思います。僕はそのころ、男女の遊びグループが分かれる中でどちらにもちょこちょこ顔を出すけれど一人遊びが多くなるという経緯を辿って、幼稚園では完全に浮きました。園を脱走して電車を見に行ったり、一人で氷の張ったプールを歩こうとしてあわや溺れそうになったり、親は監督不行き届きな幼稚園の先生に不満を持ってましたが、僕がみんなから逃げている以上しょうがなかったと思います。基本的に女の子と遊べないし、ガサツな男の子が嫌いだったのですが、ある日男の子と女の子が楽しそうに騒いでいるのを見て「おお、珍しい、何をしているのかな」と思ったらスカートめくりから鬼ごっこに発展していたようで、「なるほど、そういうものなのか!」と早合点し、途中で加わったところ、スカートをめくって先生にチクられ怒られて「なんという理不尽!」と思いました。その理不尽さを共有する人がおらず、仕方なく自分の持ち物を入れる棚の前に行き、青いカゴのなかの自分の持ち物―自分の持ち物だけは自分の味方だという安心感があったのです―を順次眺めながら心を落ち着かせていたことも鮮明に覚えています。暗いですねー、キモいですねー、残念な子ですねー。でも未だにその「彼」にどうやったらよかったかという解決策を提供できずにいます。

前後しますが、僕は年中から通園したので、入園前の4歳の時にやっていた戦隊ものといえば超獣戦隊ライブマンだった。当時、そのあるキャラクターのヘルメットをかぶってなりきって自転車漕いでました。母曰く「あれは見ていて恥ずかしかった」とのことですが、なりきっていたキャラクターは「優しさ」を性格付けされている女性のキャラクターだったのです。べつにそこになんの違和感も感じなかった。好きなキャラクターだったから。それだけ。前述の文脈に翻訳し直せば、強さ、優しさ、などのキャラクター付けだけでキャラを見ていて、男だろうが女だろうが些末事だったのです。


超獣合体ライブロボ

周りにはたまに話してますが、2歳~3歳にかけて塗り絵も女の子用ばかりやっていて、でも、自分が女の子だという自意識ではなかった。電車やメカが大好きで、そこはとっても「男の子」なのです。性的にもヘテロで、それを明確に自覚していました。

ジェンダーを語る人々は、男と女の区別をかなり自明のものとしてなおかつすごく重大なこととして出発して、その出発点が色々縛られているもんだから、その原因を社会環境とかに求めているように見えます。何を語ってもその出発点は強固だし、むしろそれを強化するようなことしか言わないので、3歳までの平和な世界を壊す、悪いやつらなのです(冗談です)。もちろん、そりゃその区別が現実問題必要で、なおかついろんな災厄をもたらしてますよ。でもその解決策を考えるのに、なんで区別を強化して距離を離す方向に行くんですかね。


大学入ってすぐに、これを理解してくれる人々が寮にいたのでとても心地よかった。そして、その10年後にも某サークルの後輩たちが、ソウルメイトという概念を駆使して―まあ他のメカニズムも働いているのですが―、仲が良いけれどいわゆる「男女関係」ではない関係を構築してるのをみて、「あぁ、類友なんだな、テニサーではありえないもんな」と思って見ていました。

昨日のデートも、まったく心地よく、ずっと話していたくて、四条河原町から京都駅まで喋ったまま歩いてしまいました。

ちなみに、これは性的な事柄を避けているのではないです。僕は別に性的に欲望されることも全く厭わないですけれど、性的に「だけ」欲望されるのはとても悲しい。2つの指標があった時に(1,0)から(0,1)の一次元直線しか見えない人が多いのですけど、ふつーに(0,0)も(1,1)もある2次元でとらえてほしい。なんでわざわざ一次元にするのかわからない。かわいさの称揚の否定も同様、かわいさの称揚を否定する必要なんてどこにもない。いや、本当はわかってるけどね、反比例するという間主観感覚があるからでしょ。なんでそこを固定して考えるのか不思議です。

この性的にだけ欲望する人と通底するのですが、実は世の中の人間のそれなりの割合が僕の目から根本的に違う、人間の皮をかぶった地球外生命体かなにかのように見えています。その違いの方が男女の違いよりもずっとずっと僕にとっては恐ろしい。これは学歴や政治的思想とも関係が無い。血液型なのかなとか、ADHD特徴なのかなとか、いろいろ考えているけれど、よくわかりません。ふとした仕草とかを見て「同じ人間なんだなぁ」という謎の発言をしてしまったりします。

別にそんな異人でも尊敬したりは全然できるのですが。


冒頭の題にもどると、衝突のメカニズムとしてはトランスの人とかクィアの人が、ジェンダー論の主流(なんてものがあるのか微妙だけれど)と衝突するのと似ていたりするのかな。まあ、あの頑迷さが腹立つという Yet Another 頑迷さなんですけど。


*1:これ、後半の男女の住み分け自明云々とぶつかる気がしますが、ここでは要は子供社会とか経済的側面とか無視して、表層的な token (cf.token-black) だけ語るって意味です

  • 実利的な2つに加えて、リベラル的な人権問題が国境に関するトリレンマを形成している問題は、先日の資料を手に入れてから書く
  • 小学校教育的なる手枷足枷に対する怒りについて書く(補助線として「聾桟敷」や「躊躇い」や「鹹さ」について書いてもいいし)
  • システム側が勝手に押し付けた構造の中で勝手に強者/加害者にされた者がその加害性を根拠に手枷足枷を嵌められる暴力について書く
  • トリレンマじゃなくてクワドレンマにしろよ(次元を増やした方が解ける問題は合意形成理論でもアナロジカルにカーネルトリックでも紹介したら楽しい(俺が))
  • その上で「弱者救済」(救う側/救われる側を固定しがちなこの言葉嫌いだけど)の方法論を(齟齬を埋める社会システム的、技術的な工夫が必要という話)Empowerment!!(自己責任論放つには自分でなんとかできるだけの資源を与えることが前提だろ!的なのが補助線になるか)
  • (某ブログエントリに触発されていはいるが、それへの反論ではない(むしろベースを同一とする)ので、誤解されないように書き方に気を付ける)
  • 河合モデルで全体像を書いた方がいいのかな、徹底的な不可知主義・禅、社会システム理論・惑星社会、社会思想の否定という社会思想(多文化主義に近いけれど、その多角形の認識の枠を外して円相にしろというのだから、結局主義として成立しえない。でも、(社会思想を否定したら残る現実の人間社会(含、自然環境)そのものの弛みない捉え直し(cf.徹底的な不可知主義)だけが根拠になるので)人間社会の歴史的観察からゆるやかな変化を要請するので実態としては中道左派に属し、社会改良主義っぽくなる)、革新された議会主義…でもここらへんはすっげー未熟だから書かないほうがいい鴨。すべてをまず肯定せよ、すべてを否定せよ、再びすべてを肯定せよ、共存共栄を、くらいで十二分な気もする。
  • (あんまり理論理論したのはキモいしチラ裏なので、具体的事例を中心にする)

Markdown container format - Draftsを便利に活用するために、エディターとCMS、それらを支えるライブラリを書こうと思った。

エディター

必要な機能

  • 新規作成
  • container.xml を読み取って適切な markdown を編集状態にする
  • 関連する画像ファイルなどを一緒にzipするわけなので、zip の中身を全体的に編集できる必要がある。
  • 保存

実装

archive-view zip の中身を見れる。一時ファイルを展開して開くようになっているが、これを zip でまとめ直す機能をzip-folderzip-folder/zip-folder.coffee at master · JakeDixon/zip-folderを参考に付ける。これは、Save to archive file · Issue #29 · atom/archive-view · GitHubで要望が出ている。

  • OSの新規作成メニューでのテンプレート mdc の作成→atomでのテンプレートファイルの提供の仕方を調査
  • 各OSでファイルの関連付けで、メインのmarkdownが開けるようにするようなインストーラを作成。

その他参考:

zip の中にある markdown を開く

各OSでファイルの関連付けで、メインのmarkdownが開けるようにするようなインストーラを作成。しても、その中の markdown を直接編集させられないので、そちらがわに一時フォルダに展開したりする機能が必要。そうすると、今の atom archive-view の機能と重複する。それならば、インストーラ

  • (archive-view をインストールしたうえで)単に atom に関連付ける
  • 編集を監視し、zip を再生成するような zip エディタに関連付ける

のどちらかをすればよい。そこについでに、メインの .md を開く機能が加わる形だ。atom に縛られたくないので後者の実装をしたい。

Best Free File Archiver-Zip Utility | Gizmo's Freeware をいろいろ探してみたけれど、既存のアーカイバにそういう機能は見当たらなかった。7-zip が近くて、notepad で編集したときには変更後にアーカイブをアップデートするか聞かれたが、他のエディタだとだめ。ファイルロックの関係かもしれない。

  • 一時フォルダのブラウジングはOSのexplorerに任す → ここは atom の tree view でもいい。
  • unzip や zip も7-zipなどコマンドラインから命令できるプログラムに任す
  • このプログラムのやるべきことは、開いているフォルダを監視して、変更があれば元の zip を上書き & ファイルを開いたときに各コマンドを呼び出す。

試しにまず、electron で、

  • 引数をとってそれを画面に表示
  • メニューに「Open directory」を用意し、それをクリックすると、引数のフォルダをエクスプローラで開く

プログラムを作成する。directory monitor and commander。次は

  • chokidar を使って監視して変更を画面に表示する

機能。同じファイルを開かないように、同じファイルを開こうとしたらもとのを activate して、そこにメッセージを表示するとか、いくらでもやるべき実装があるが、例えばこれは unzip や zip を担当する wrapper 側の仕事だし、そこらへんの切り分けは大事。

参考:

あったらいいな機能

  • HTML や PDF、epub を出力する。参考: atom-markdown-katex
  • 自動で画像を fetch してきて含めることもできるけれど、外部リンクのままにとどめときたい場合もあるから、あまり要らない。
  • 対象の md を右クリックして Compile into .mdc。container.xml 生成。さらに含めるファイルを選択して mdc 生成。
  • Open Packaging Format (OPF) (参考:日本語で読みたいなら オープン・パッケージング・フォーマット(OPF) 2.0 v1.0 がある)の語彙などでメタデータを container.xml に記述できる。EPUB 3.1metadataで検索して確認。この情報を簡単に書けるようにしておくことはCMSでのタグ機能などの実装に役立つ。
  • mdc を右クリックして Edit main markdown file メニュー
  • ビューワーだけのプラグインも作ってもいい。そちらはarchive-viewに読み取り機能だけをつけて、デフォで markdown のプレビュー機能のみを表示。→ビューだけ欲しければ epub or pdf エクスポートすべき

テキスト的な差分管理との親和性

バイナリであることは git とかで差分管理できないという問題がある。その解決のために Open Container Format の非圧縮版の仕様もサポートしておいた方がいい。

Base64 でやるかんたんMarkdownならこの問題は無い。その代わり、Pandoc とかとの連携が悪くなるので、PDFにする部分はVivliostyleをか使う必要がある。むしろ元の markdown の保存形式が HTML や JS と密結合していることに少々難があることが分かった。base64 を markdown で使うなら Can I embed png's in Markdown? — The Insignificant Pebble に紹介されているような記法がいいと思うけれども、ここにもファイルサイズの問題があって、 mdc はやっぱり必要だなと思われた。

名前

プログラム名は markdown container editor environment から marcee (マーシー)にした。名前に atom 入れないのはそこは入れ替え可能だと思っているから。

deprecated idea

Atomプラグインとしてすべての機能を完結させるつもりでいたので、coffee で mdc を読み書きするライブラリを作り、その活用例として Atomプラグインを位置づけるつもりでいた。Atomプラグイン作成入門 ハンズオン形式でプレビュー型プラグインを作ってみよう! - Qiitaに書いてあるようにひな形が自動生成されるのだが、それが coffee で書かれている。CoffeeScript はただの javascript も受け付けるようだ。

Markdown container format - Draftsを広めるために、各プログラミング言語でのライブラリを作ろうと思い、その1つ目として coffee を選ぼうとしたということだ。でも、上記のように Atom は呼び出される側で、OS依存な部分で mdc の読み書きを実装する必要があるので、30分で出来る、JavaScript (Electron) でデスクトップアプリを作って配布するまで - Qiita を参考に nodejs で書こうと思う。また、Atom 側でやるべきこととの設計のしなおしが生じても同じ javascript 系だったら書き直しやすいし、また利用者にも余計なインストールを強いずに済むと期待できる。

慣れている Pythoncx_Freezeコンパイルしてもよいが、あまりそのメリットがない。

Atom の代替

Aviutl で動画を作る

AviUtlのお部屋

随分前に結婚式の動画を作って、そのテクニックを伝授しろと言われたのだけれど、ほっとんど忘れていたので、ここにメモっておく。AviUtlの易しい使い方 | AviUtlを中心に動画全般の事を解説するサイト というサイトができていて、そのおかげでササッと復習できた。

その他参考:

おおまかな流れ

音楽 First。音楽があって、それに合わせるように動画を作っていく。写真のスライドショーなど、ムービーメーカーでできることはムービーメーカー使った方が楽。それを Avlutl に取り込んでカッコよくしていく。最後、無劣化 mp4 で書き出して、DVD Flickを使って DVD に焼き付けて終了。大抵 DVD の形で手渡せと言われるので。

Aviutl の 準備

Aviutl はいろいろ拡張などが必要。「拡張編集プラグイン」と「L-SMASH Works」と「x264guiEx」を導入しておくこと。

設定ダイアログの使い方

Lua のスタッフロールコード

一つのテキストオブジェクトに全部書き込んでおいて、

obj.oy = obj.oy - obj.time*50
if (obj.oy < -130) then
 obj.alpha = (obj.oy+230)/100
end
if (obj.oy > 130) then
 obj.alpha = (230-obj.oy)/100
end

みたいな形で流しておく、フェードの位置とかは数字を変更する。 それぞれのレイヤーにサイズがあって、それを越えると文字が途切れてしまうので、

クラスの思い出ビデオを作ることになってクラス全員の名前をエ... - Yahoo!知恵袋

おそらく、最大画像サイズの方で、切れてしまっているのではないでしょうか?
AviUtl本体の環境設定→システムの設定でも変更できますが、
こちらをあまり大きくすると、メモリをたくさん使って不安定になるので、
拡張編集の方で設定します。(Ver 0.80以降)

テキストオブジェクトの縦のサイズがいくつになるのか、すぐには分からないので
(フォントサイズ+行間)×行数 で計算します。
適当に大きな数字を入れてもいいですが、不安定になるおそれがあります。
たとえば、フォントサイズ34、行間16、行数30、なら
34+16=50、50×30=1500
1500は8で割り切れないので、一応8で割り切れる1504とか1600とします。

拡張編集のレイヤー上で右クリック→「環境設定」→「最大画像サイズ」に
横のサイズ×縦のサイズ で入力します。この時、横のサイズも入力してください。
現在作成中のプロジェクトの画面サイズで構いません。
「OK」をクリックして閉じます。しかし、最大画像サイズは、AviUtlを
再起動しないと反映されないので、「ファイル」→「編集プロジェクトの保存」で
今のプロジェクトを保存しておいて、AviUtlを一度終了します。
またAviUtlを起動したら、「ファイル」→「編集プロジェクトを開く」で
先ほど保存しておいたプロジェクトを開きます。
拡張編集の環境設定で最大画像サイズが変更されているか確認して下さい。

という情報を参考にレイヤーのサイズを変更してください。

参考:

プロジェクトの保存

これがあまりいい手がなくて、aupで保存するんだけれど、他のPCに移行したりしたらすぐにリンクが切れたりする。ちゃんと特定の名前のサブフォルダに素材をまとめるなど工夫をしておこう。

参考:

アナログな動画を使う

昔のビデオテープに収められた動画を使いたいだとかいう場合に、それをパソコンで読み込めるフォーマットにするのは骨。それをテレビで再生して、再生しているテレビをスマホのアプリでエフェクトかけてとってごまかすという手がある。

参考:

他のソフトという選択肢

Aviutl は 2013年で開発が止まっているので他を探してみた。

は開発が続けられているが字幕などを入れる機能がない。Aviutl も version 1.00 に達したところで開発が終了しているので、「完成した」と考える方が良いと思う。もちろん、バグとかはあるんだろうけれど、2007年に開発が止まっているJTrimもずっと人気で使われ続けていて、僕も最近になって Paint.net に乗り換えたが、処理の軽さは JTrim に勝てないので、まぁ開発頻度を気にしすぎるのは、github のモジュール使うときの開発頻度を重視する思考回路の行き過ぎなのかもしれない。でも、ソースコード公開されてないのはちょっと怖いなぁ。

Aviutl で画面サイズの大きな動画を作る

1280x720を超える画像サイズのファイルは編集できません。

最大画像サイズはシステムの設定で変更出来ます。

映像なんて画質が命的なとこあるから、ムービーメーカーで「高解像度ディスプレイ用」で1440×1080で出力してそれに合わせて読み込んだ方がいい。ファイル>システムの設定 で読み込める。もちろん再生機器にもよるんだけどねぇ。ちなみにこの設定変更は Aviutl の再起動が必要

mp4 で圧縮が必須な理由

画像でいう bmp と同じ無圧縮の動画形式って avi なんですけど(avi でも圧縮形式もあるので「無圧縮」avi という限定が必要だが)、それで上記の高解像度画像を出力すると 6分で 40GB 越えという恐ろしいことになります。まあ、今の PC だと入らなくはないですが…。

低解像度で無圧縮 vs 高解像度で圧縮 を比較すると後者の方が絶対いいです。だって、前者を大画面に映したらただボケますけど、後者はアルゴリズミックに人間が見てそれとわかりにくいように圧縮するわけですから。

Atom markdown preview で footnote を表示する要望

Footnote Support · Issue #153 · atom/markdown-preview にすでにあって、GitHub製エディタAtomのMarkdownリアルタイムプレビューの仕様 - memorandum で紹介されているようにMarked に依存しているのだが、そちらの方でFootnotes add patch by paolocasarini · Pull Request #431 · chjj/markedというパッチがすでにあって、Commits · chjj/markedに取り込まれていないだけで、よって Atom の方にも取り込まれていない。

それだけの問題なので、管理者がアップデートしろで終わるのだけれど、根本的な解決策として、

:+1: to @jbrains 's idea making the Markdown processor configurable

Issue #153にコメントしておいた。

シンポジウムを面白くするテーマの設定

想定しているのは、文系でよくある、数人の講演者がいて、コメンテーターのコメントと総合討論がついているようなシンポジウムです。

絞る

研究上のトレンド、現代社会で盛り上がっている問題、何かにフォーカスして絞るというのは大事だ。テーマを設定しないシンポジウムより不適切な絞り方をしたシンポジウムの方がずっとマシだ。この問題は特に毎年やっているシンポジウムだとか、シンポジウムの目的がぼやけがちな場合に生じやすい。

講演者の「線」を企画者がガイドする

趣旨説明をする人が述べるのが望ましいが、せっかくテーマを設定しても、各講演とそのテーマとの関連が分かりにくいとテーマの意味がない。それは講演者の選定も重要だが、講演者への要求は最低限にする必要がある。「この点に触れてくださいという」指示も良いが、私が好きなのは大きなお題目のもとに、関連する3つくらいのQに関するAを講演に含めてもらうことだ。そうすることによって、総合討論を含めその場でデルファイ法(専門家グループなどが持つ直観的意見や経験的判断を反復型アンケートを使って、組織的に集約・洗練する意見収束技法。技術革新や社会変動などに関する未来予測を行う定性調査によく用いられる)をするような効果が期待できる。

事前に意見交換をする

講演者には、500字くらいでいいのでレジュメを提出してもらう。講演者への要求を最低限にする理由は、自由闊達に話してもらうことで本人の専門性と興味を十分に生かした講演をしてもらうためだが、その分、オーガナイザーが全体像を描くためにはノイズが多いわけだ。そのノイズをどうシンポジウムの味にしていくかが大事だ。調理するためには食材の特性を事前に知る必要がある。また、これは広報のネタにもなる。

また、シンポジウムというのは一般聴衆に開いたものになる。先ほどデルファイ法の話を挙げたが、事前に少なくともメールベースで少し話をするのは重要だ。特に、トピックが絞り切れてない、全体の意見がバラバラであるという状態ならば、特に、いきなりシンポジウムをやるよりも、研究会をした方がいい。とはいっても、研究者が集まるのはそれなりに大変なので、講演者と企画2人くらいで100分程度のオンライン研究会で良い。

番外: おやじギャグ禁止?

これは、聴衆に受けてたので、必ずしも悪くない難しい問題なのだけど、文系の方々は同じ発音で別の意味の言葉を並べたり掛詞したりするの好きですよねぇ。でも、あれ学問的に本当に意味があると思います?「まなぶ=まねぶ」くらいがギリギリのラインだと思うんです。つまり、概念的関連性を語源の共通性が示している場合ね。まぁ、掛詞って日本的でいいかもしれない、これは本当に好みの分かれるところです、別にそのギャグに時間を取るわけでもないのだから、目くじらを立てることは無いのです。でも、相当しっくりくる場合じゃないと、無理して入れないでほしいです…個人的には。今回、質疑応答でも使いまわされていたので、本当に受けてたんですよね、だからこれは好みの問題だと思うんですけど。

少なくとも主催者側がテーマにするときには語呂が良いからとあまりギャグにこだわるのは危険だと思います。

この記事の背景

今日のあるシンポジウムがきっかけ。

「面白い」ってのは主観的な問題なので、そもそも「面白さ」を量るのが難しい。でも、参加者から一部ネガティブな反応をもらえたというのはありがたいことである。もちろん、絶賛が来れば言うことないのだが、運営側である僕自身、彼に「今日、どうだった?」と問われて、その切り出し方や目線から彼がネガティブな感想を抱いていることが分かったものの、特にネガティブな部分を指摘して先読み同調することも、逆にここはというポジティブな部分を先手主張することもかなわなかった。ピンと来ていない、とでもいうのだろうか。僕は運営側だというだけでなく、例年どおりでいけば僕が取りまとめる必要があったシンポジウムだったので、立場的に運営を批判できる立場にない。そこで自分なりに咀嚼した問題点を書いておこうと思っただけ。今回は「絞る」と「線のガイド」の問題が大きかったと思う。事前の意見交換についてはしていたようだが、テーマが個々の個性の中に埋没してしまった。

forget me not

語順おかしいじゃないですか?

很久没见からきた Long time no see*1みたいなピジン英語なのかと思って知ってる各国語を考えてみたけど、この語順は思いつかない。そもそも最後に否定の語句が来るのって日本語以外知らないので。調べてると古い英語からきたという説を発見、なるほどね。

そこで書かれている説はForget-me-not - Wikipedia, the free encyclopedia

In 15th-century Germany, it was supposed that the wearers of the flower would not be forgotten by their lovers. Legend has it that in medieval times, a knight and his lady were walking along the side of a river. He picked a posy of flowers, but because of the weight of his armour he fell into the river. As he was drowning he threw the posy to his loved one and shouted "forget me not". It was often worn by ladies as a sign of faithfulness and enduring love.

というロマンスなんだか、コメディなんだかわからないエピソードと符合している。古英語の語彙くらいはいくつか学んだことあるが、文法は全く知らないのでこれまた Wikipedia に頼ってみると、

英語版には動詞の否定についての記述がみあたらず、ドイツ語版にも

Negation: Im Mittelenglischen waren doppelte Negationen (I will not give him no meat) völlig üblich; dies wurde aber in der Renaissance als „unlogisch“ erachtet und aufgegeben. Auch Verbindungen wie not…never/nobody änderten sich zu not…ever/anybody.

という記述がある程度(つまりルネッサンスまでは「I will not give him no meat」で「俺はあいつに肉をやるつもりはない」という意味を表す重複否定文法が使われていたという話、たぶん)。なぜか日本語の初期近代英語 - Wikipedia

否定文を作る場合は、現代英語ではdo not go/don't goのようにdo+not+動詞の形を取るが、初期近代英語ではgo notのようにdoを使わず、動詞の後ろにnotをつけることも多かった。

という記述があり、なるほど感があるが出典がない!!!だーれーかー加筆してー(お前がやれという話)加筆しました(2016/4/25)。

<ref>{{cite book |last=Denison|first=David|date=1993/7/5|title=English Historical Syntax|language=English|publisher=Routledge|isbn=978-0582291393}}のp.450 15.2.2.3項 "Finite lexical verb + NOT" 参照。{{cite journal |last=Ramón Varela Pérez |first=José |year=1997|title=The use of periphrastic do in Early Modern English negative declaratives: evidence from the Helsinki Corpus |url=http://sederi.org/docs/yearbooks/08/8_4_varela.pdf |journal=SEDERI (Sociedad Espanola de Estudios Renascentistas Ingleses) |volume=8 |pages=35-43|accessdate=2016-04-24}}にはヘルシンキコーパス内でのdoの使用率の変化が表にまとめられている。</ref>

余談だけど、"forget me not" の由来としては以下の方が個人的に好きです。

In a Greek legend, God named all the plants when a tiny unnamed one cried out, "Forget-me-not, O Lord!" God replied, "That shall be your name."

from Forget-me-not - Wikipedia, the free encyclopedia from Sanders, Jack. The Secrets of Wildflowers: A Delightful Feast of Little-Known Facts, Folklore, and History. Globe Pequot, 2003. ISBN 1-58574-668-1. ISBN 978-1-58574-668-2.

*1:ブログでは「很久不見」と書かれているが「很久没见」だと思う。