Drafts

@cm3 の草稿置場 / 少々Wikiっぽく使っているので中身は適宜追記修正されます。

「“政治不信”の根底には国民のモラルの低下があるのではないか」の正しい文脈

一年前の動画のネタがTwitterでバズってて、夫婦別姓問題で少し見直していた稲田議員だったので、元発言を 【動画】稲田朋美議員「“政治不信”の根底には国民のモラルの低下があるのではないか!?」 | Share News Japanネトウヨ系ニュースサイト)にある動画の通り聞いてみたところ、別に賞賛はしないものの、Twitterの9割以上のコメントは誤解に基づくと思ったのでメモしておく。

これは10年以上前の2012年4月16日、ホテルニューオータニで行われた「衆議院議員稲田朋美さんと道義大国を目指す会」(政治資金パーティー)にての発言で、稲田朋美 - Wikiquoteにも書き起こされている通り

仕組みを変えたって、私達のモラルが高くなければ、日本は良くならないんです。国民の生活が大事なんて政治はですね、私は間違っていると思います。今私達が生きているのは私達の今の生活だけが大切なんじゃなくて、先人から引き継いできた大切なものを私達の子孫に引き継いでいく、その責任を果たすのが、政治家の役割だと思っております。なぜなら、2500年以上、皇室が祈っておられたのはですね、国民の幸福と平和、それだけじゃなくて、世界人類の幸福と平和を祈っておられた。そんな国だから、私は道義大国を目指す資格がある、そして、そのことを、今回の震災の被災地の皆さん方も、世界に向けて発信して下さったと思っております。

というのの「なぜなら」までがこの動画の部分。民主党の「国民の生活が第一」の批判として、にんじんで国民を釣って進める政治を先導してきたモラルの低下した自民党の反省、さらにポピュリズムに走ったモラルの低い民主党、それらに影響されモラルの低下した国民、これが現在の国家の根本的な問題なので道義大国を目指そうという流れである。国民のせいにしていて酷い!という批判は的外れで、そんな脊髄反射している奴らよりは稲田さんの方がまっとうなことを言っている。一方で、もう日本会議の匂いムンムンの引き続くフレーズやその認識に基づく宗教的なまでの道義のありかたは吐き気がするほど酷いものであり、決して賞賛はできるものではないというのが個人的な意見である。


もう繰り返しにしかならないけれど、国民の大半は馬鹿なので適切に馬鹿といわれても馬鹿な反応しかできない、そんなのに向かって馬鹿というだけ無駄でしかない。できることは、その馬鹿を(短期的には)無視し(長期的には教育し)、ちゃんと(数としては半数以下の)中間層以上を(人単位ではなく)トピック×意見ごとに拾い上げる「客観的」な手法を打ち立てるしかなく、そのデザインに不可避に伴う思想性のある部分、つまり社会構想に伴う部分は、その「客観性」と整合的に人文学の進歩として示される必要がある。それは道義による善悪なんていう(伝統宗教ほど時代による淘汰を経ていない)根のない宗教的なコードであってはならないと思うし、「」無しに客観性を謳うような人文社会学的にレベルの低い情報技術手放し万歳ネオリベラリズムに支えられてもいけないと思うので、「次世代の」デジタル人文学は必要なのですよ(ポジショントーク