tl;dr
アルキメデスの公理、デデキントの公理、Weierstrassの公理 など実数の連続性を基礎づける6つの方法は相互に等価で、それらに極限の定義を加えることで、普段我々が触れている 0.999…=1な世界は作られている。それらの前提をある形で否定することで、「0.999…≠1な世界」を得ることができ、例えば、無限小を値として存在させる超準解析の世界が、その一つとして体系立てられている。超準解析の世界でも、これまでの数学の多くの理論を成立させることができ、また新たな理論の開拓を可能にしている。
まず、0.999…=1 だと証明するときは基本的に に帰着させる。 これについて ε-N 論法は
「任意に与えられた正の数 に対して、次のような番号 が存在すること。番号 n が を満たすならば、を満たす」
となる。まず、この証明について、 を見つけこそすれば、 な n について満たすのはすぐに証明できるので、 の存在だけがまずキーになる。lim 1/n=0はなぜ? ε-n_0論法とアルキメデスの性質 | 趣味の大学数学 とかだと、アルキメデスの性質から、 となる自然数 が存在、という説明をしている(たぶんこれが一番シンプル)。
さて、ここで少し違うコトを証明する。
に最小元 が存在すると仮定する。ここで、 (∵ )よって矛盾するので、背理法により、最小元 は存在しない。
最小元と極限は別物であることが分かる。 ε-N 論法も外部から持ち込まれているし、アルキメデスの性質だってそうだ。つまり、アルキメデスの性質を満たさないものを考えたり、ε-N 論法以外の極限の定義の仕方をしたりすると、別の結論を得られそうなことはここから推測できる。
その具体例を見てみよう。
上記の、実数をそれぞれの小数展開に帰着させる方法は、フレッド・リッチマン (Fred Richman) によって雑誌 Mathematics Magazine に投稿された "Is 0.999… = 1?" という解説論文による説明である。この論文は大学の数学教師とその生徒向けに書かれている。リッチマンは、有理数の任意の稠密な部分集合における切断を考えても同様な結果をもたらすことを指摘している。その中で彼は、分母が 10 の冪である分数全体の成す稠密部分集合を用いて、0.999… = 1 の証明をより直接的に与えている。また、x < 1 となる x は切断を有するが、x ≤ 1 となる x は切断をもたないことも指摘し、「これは 0.999… と 1 が異なってしまうことを排除するものである。……実数の伝統的な定義の中に、等式 0.999… = 1 は最初から組み込まれている」と評した。リッチマンは、この手順に修正を加えることで、0.999… ≠ 1 となる別の構造を導いている。
from 0.999... - Wikipedia この別の構造を説明する。
論文は Is 0.999… = 1? で、「デデキント切断」の章にこの話が書いてある。
デデキント切断は通常、有理数環で定義される。しかし、十進数( decimal numbers )に興味があるのなら、有理数環とは別の環にこれを適用したいと考えるだろう。
有理数の任意の密な部分環をDとする。つまり、Dは有理数の任意の部分環だが、整数環ではない。ここで考えているのは十進小数(decimal fractions)、つまり分母を10の累乗にして表すことができる有理数だ。D のデデキント切断は、Dの空でない真部分集合 (proper subset)S で以下の条件を満たすものである: 。
これは基本的に [2] でデデキントが定義したやり方である。そして、デデキントは、 と ()を同一視する。その理由については、「本質的ではない形で異なるだけなので(only unessentially different)」と述べている。 似たようなやり方として、例えば [8, Definition 1.4] でみられるように、最大要素を持たないデデキント切断に限定して、 は切断と見なさないという方法もある。なぜそうするのか?実際、は切断 に対応し、1は切断に対応する。(一方で、)一般的に、私たちは D の要素 d を切断 で識別する。(これを principal cutsと呼ぶ)。 つまり、従来の実数の定義では、という式は初めから組み込まれていると言える。だから、この式に挑戦する人は、実は伝統的な実数(traditional real)の正式見解に挑戦していると言えるのである。
ここの伝統的な実数(traditional real)というのは超準実数(nonstandard reals)に対するレトロニムとしての実数だと読める。そして、この後、 を定義している。そして、 である。
- [2] Dedekind, Richard, Continuity and irrational numbers, (1872), in Essays on the Theory of Numbers, Dover, New York, NY, 1963.
- [8] Rudin, Walter, Principles of Mathematical Analysis, McGraw-Hill, New York, NY, 1964.
他に、このように無限小の要素を定義する分野として超準解析(nonstandard analysis)がある。一般的に先ほどとは逆符号 無限小超実数 を導入する。そして、この無限小を単に実数に加えれば超準解析ができるというわけではない。ε-Nの代わりに、 が a に収束することの表現自体は 無限小超実数 無限大超自然数 ω について とシンプルに記述できるものの、証明はε-Nよりも難しくなる(cf. RIMS 磯野優介 超準解析入門 の定理 4.7 とその証明を見よ)。ちなみにこの超準実数はアルキメデスの性質を満たさないことが知られている(cf. 非アルキメデス順序体 - Wikipedia )。
これで
アルキメデスの性質を満たさないものを考えたり、ε-N 論法以外の極限の定義の仕方をしたりすると、別の結論を得られそうなこと
が具体化され、0.999…≠1の世界の入り口に立つことができた。
<補足的に>
デデキント切断で最小元最大元ともにあることはないのは、有理数の稠密性が「 ならば、ある が存在して となる」と定義されていて、切断の条件を満たさなくなるから。稠密性の証明は、
とする。アルキメデスの原理より, となる が取れる。これにより, が分かる。
再びアルキメデスの原理より, となる を取ると, のうち, をみたす最小の が取れる。このとき なので,特に が従う。よって,となって, なので、証明終了。from 有理数・無理数の稠密性の定義とその証明 | 数学の景色
タイプ4が無いことは実数の連続性の定義の仕方の一つであるから、基本的には証明するものではない。例えば、松澤 寛: 解析学の基礎(実数の連続性から定積分の存在まで)では、
これが「数直線には穴がない」ということの数学的な表現でありこれを仮定する.このことから解析学の全ての結果が導かれる.
と表現している。6つの同値な「実数の連続性公理」まとめ(解析学 第I章 実数と連続9) も Weierstrassの公理 「上界を持ち空でない任意の集合が上限を持つ」と同値の表現としてタイプ4が無いことを置いている。つまり、6つの同値な「実数の連続性公理」の1つを公理として置けば、あとは相互に同値性を示すという証明になる。例えば、Weierstrassの公理 を先に置くことで、以下のように示せる。
集合Kの切断<A, B>を取ると, 集合Aは上界を持ち, Weierstrassの公理より上限 s=supA が存在する. s∈A もしくは s∉A つまり s∈B かで、タイプ2と3に分かれるが、タイプ4は存在しない。
(ちなみに、逆、dedekind から Weierstrass を導いているウェブ上の証明のもののうち多くになんらかの問題があり、きっちりしているものとしては、 荒牧淳一: 解析学Ⅰ のp6 からの証明がある。)
では、世の中に少なからず存在するタイプ4の不存在を0から証明しているように見えるものを丁寧に見てみよう。どこかに穴があるのだ。
田崎晴明: 実数の構成について は定理13に至るまでの説明はとてもわかりやすい。
ただ、最後の肝心なところを自分で追わないと理解できない。つまり定理13の証明に
α はもちろん か のどちらかに属するが、α が最大値または最小値になることは(上と同様にして)示せる。
(はてなのtex記法の制約で小、大の代わりにS(mall), L(arge) を使っている)という省略があるのだが、対称性から に属するときにそれが の最小値になることだけ示そうとしてみる。最小値でなかったとして、 となる有理数か無理数 p が存在したとする。p が有理数の場合にはそれが、無理数の場合には系 9 (無理数と無理数のあいだには有理数がある) から、かならず となる有理数 q が存在するため q が、α より小さく に属する有理数として存在することになる。これ以上にっちもさっちもいかない。
もう一つ見てみよう。原 隆:実数の構成に関するノート p.20 も似たような手法を用いていてこれが既に に矛盾するとしているが、そこに穴がある。タイプ4の切断なのだから、最小の有理数を仮定しても常にそれよりも小さなある有理数が に含まれるような切断になっていると考えられるからだ。実際 p.21 で、
(注意!)上では「A の上界の最小値」や「A の下界の最大値」があたかも存在するかのような書き方をしたが,これは以下の定理 2.8.3 で証明する.だから,論理の順序を重んじるなら,まず下の定理を証明してから,上の定義で上限や下限を定義すべきなのだ(微積の教科書(田島一郎「解析入門」ではちゃんとそう書いている).しかしその順序ではかえってわかりにくいと思ったので、敢えて上の順序で書いた.
と書かれている。そのあとで、Weierstrassの公理 を Dedekind の定理 から導いて見せている。つまり、Weierstrassの公理 →(暗黙)→ Dedekind の定理 → Weierstrassの公理 という示し方をしているのでトートロジーだ。
デデキントの公理を無限小の導入によって書き換える、つまりタイプ2と3を区別することによって、他の公理ももちろん成立しなくなる。
また、冒頭で収束の話をしたが、Cauhy列の収束 もここで触れた アルキメデスの性質、デデキントの公理、Weierstrassの公理 に加えて、実数の連続性の公理の1つである。ただ、収束とは何かということを持ち込んでいるので一つ余分な前提が入る。詳しくは 【微分積分学】コーシー列とは~定義と収束性の証明~ | 数学の景色 を参照。
<その先を考えてみる>
- 超準実数とWeierstrassの公理はどのような関係にあるだろうか。
- 関数の微分も影響を受けるだろう。微分はどのように再構成されるだろうか。
- 超準実数は何を満たさないのか。ゼロ元との積がゼロになるとは限らないとかかはそうだよね。
ここらへん説明できる人はぜひぜひトラバとばして(古い!)ブログを書いてください。
<その他参考>
- 桂田 祐史:数学解析 で、定理1.14アルキメデスの公理を、Weierstrass の公理から示している。
- 選択公理と同値なツォルンの補題と非常に似た形をしてて何か関係あるかなと考えたけれど、「半順序集合Pは、その全ての鎖(つまり、全順序部分集合)がPに上界を持つとする。このとき、Pは少なくともひとつの極大元を持つ。」 は全順序集合について、「全順序集合Pは、その全ての部分集合がPに上界を持つとする。このとき、Pは最大元を持つ。」 となって、切断点でもそれより大きい場所でもどこかに恣意的な上限を設定しないと、前件を満たさないので適用できないので、関係が無かった。