表題の基本的な理由は以下の通りだ
- 年々厳しさを増すセキュリティ対応の要請に対して、自前のシステムや自前でのオープンソースのホスティングが高コストになりつつあり、それがクラウドサービスの値段を超えることが多い
- モノリシックに作ると、何らかの理由でリプレイスする際に全体をリプレイスする必要があり、高コスト。また、プロトコルやファイルフォーマット対応が遅れがちであるため、データの移行も困難になりがち。
- どこも若手の人的資源が足りておらず、それをメンテナンスに関わるあまり生産性の無い業務に割くのは愚か。
- 日本のIT業界も人材が足りておらず、0からなんでも作ってクオリティを担保するようなことは不可能。できるところに集中して取り組むような、体制でプロダクトを作るべき。
ある業者にサービスのクラウド化を勧めたときに、「やっぱ時代はクラウドなんですかねー」と言われてしまったので、「そういう流行の話をしているのではなくて、同じお金をお互いにとって有効に使いましょうという話です。たとえば、個々の機関の個別のセキュリティ対応とかになると、そちらのエンジニアも碌に技術が身につかず楽しくもない作業をさせられて、こちらも学術的に何の売りにもならないところに高額を払うことになる。クラウドならそれをそちらのサーバ側の更新で済ませて、そういう作業は月額料金に反映させることでセキュリティ対応コストは各機関で分担することができる。その分、他の新しいことを外注できると、そちらもウリになる技術が増え、こちらも学術的成果が増えます。」と説明してしまった。
「しまった」と言っているのは、業界の歪な構造もわかるからである。ちょっと最近読んで感動したレポートがあって、MRI | 所報 No.55 | 図書館システムを取り巻く課題と今後の展望 ここにもOSSやクラウドの話が書かれている。2012年。その中にこういうくだりがある。
年間のシステム関係費は100万未満から3,000万円以上まで著しい差があり、かつ、万遍なく分布していることは注目される (中略) 図書館システムについては、「図書館側の予算額に応じて費用を請求する」ということがまことしやかに囁かれるが、その疑念を強める結果である。
これは企業側の搾取だとは言い切れないし、図書館側の無能とも(図書館単体では)言い切れない。このレポートも三菱総研という「企業」が書いているので前者はよくわかっていて、「金額的な「相場観」をほとんど持っていない可能性」などを指摘している。これは上側は当然、下側もそうで、自治体は過度な緊縮財政で「出費を抑えました!」と吠えたりすることがあるが、出すべきところに出さないと業務は持続可能に回っていかないのは当然なので、もちろんどこかに適正な額というのが存在するはずであり、下がれば下がるほど良いというものではない。また、業務のクオリティというのは測りにくく、この適正な額を発注側が推測するのは事実上不可能である。図書館側の無能とも言い切れないというのは、ウィルダフスキー『予算編成の政治学』 とかを念頭に発言しているが、図書館単体ではそれを推し量る情報と能力と推し量った時に得られる利得という環境を持ち合わせていないという構造的な問題であって、各図書館の発注金額を共有することによって、この予算編成の実践そのもののサイクルの中でより適正に発注できるようにするといったような、図書館群としての工夫をしない限り、単体では「ちゃんと相場観を身につけましょう」とレクチャーしたところでそれは難しいであろう(もちろんこの素晴らしいレポートはそんなことは言っていないし、「ユーザ会」の結成といった提言をあとで出したりしている)。
話をもどすが、こういう状況が学術や官公庁の発注で生じている中で、出せるところから取るということを企業側もやらざるを得ず、それとクラウドでありがちな月額〇〇円というオープンプライスの提供は相容れないのだ。学術の話に至っては、「選択と集中」という政治的ストラテジーがその問題をさらに加速させている。
解決策の一つはクローズドプライスでクラウド提供することだ。例はあるだろう、僕が最近見たのは LYRASISがArchivesSpaceのホスティングでまずは連絡を とやっているのとか。ちなみに、カスタマイズは別料金ってのは多くがやっている(そもそもカスタマイズすべきではないけど)。しかし、ここまでの碌でもない状況を踏まえてあえてクローズドプライスに乗ってバラバラの金額を出すことができたとして、その状況がオープンになると、まあ、昨今だと市民の皆様に叩かれる。東大、京大の無駄遣い!となる。市の税金や科研費とか使うと、オープンにせざるをえない(し、オープンにすること自体は良い効果がたくさんある)ので、漸次的に解決するのではなく、この解決策を捨てて根本的解決に至らねばならなさそうだ。
- 公共の利益にかなうような利用に対して、長めの無料期間を設定することで、少額しか払えないような組織がその無料期間の業績を元に予算申請できるようにする
- Bountysource 的な仕組みで、システムの課題を各機関側が出して企業にハントさせる。ハントされなかった場合に予算執行できないのが問題になるので、なるべく細かい問題に落とすこと、問題を練るフェーズを設けることが必要になる。これによって、他の組織にとっても問題になってる課題を多く予算配分されてる機関が出せばよいということになる。
くらいが思いつくところ。
「ノン・カスタマイズを基本としてシステムを構築することを目指すべき」ってさっき上げた報告書にも書かれていて、これは周りでも最近よく聞くんだけど、特に引くようなソフトウェア工学の箴言とかもなく、こういうマネジメントレベルの話をもっとだれかちゃんと偉い人が語って、バズらせて、みんなが参照するようにならないといけないと思う。報告書、図書館システムにとどまらず結構一般的ないいこと言ってると思うので、公益事業によるシステム外注の6箇条みたいな形で
- メンテナンスや追加発注などを含めPDCAサイクルをまわす
- ノン・カスタマイズのシステムをAPIなどを活用して組み合わせ、独自開発の部分は絞り切る
- 同業者で情報交換をする
- OSS 利用を検討する
- システムの共同化を検討する
- クラウド利用を検討する
あたりはもっと広まってほしい。
その他参考:
- 児童福祉関係者の連携をITシステムで支援 ━なくそう!子どもの虐待プロジェクト2018━特別プランや相談窓口を設置 | サイボウズ株式会社 すごく遠い文脈だけど、これも「児童相談所間でケースを共有できるITシステム」とかで、それぞれ事情が異なる各機関が導入して、低コストが求められていたり。企業側のカリスマ的な人間が手動する形だし、別にオープンソースとかはなさそうだけど(自社の既存サービスに相乗りさせてコストを抑えるのだろう)、うまくいけばいいなと思っている。