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Drafts

@cm3 の草稿置場 / 少々Wikiっぽく使っているので中身は適宜追記修正されます。

ただの日記

シンポジウムを面白くするテーマの設定

想定しているのは、文系でよくある、数人の講演者がいて、コメンテーターのコメントと総合討論がついているようなシンポジウムです。

絞る

研究上のトレンド、現代社会で盛り上がっている問題、何かにフォーカスして絞るというのは大事だ。テーマを設定しないシンポジウムより不適切な絞り方をしたシンポジウムの方がずっとマシだ。この問題は特に毎年やっているシンポジウムだとか、シンポジウムの目的がぼやけがちな場合に生じやすい。

講演者の「線」を企画者がガイドする

趣旨説明をする人が述べるのが望ましいが、せっかくテーマを設定しても、各講演とそのテーマとの関連が分かりにくいとテーマの意味がない。それは講演者の選定も重要だが、講演者への要求は最低限にする必要がある。「この点に触れてくださいという」指示も良いが、私が好きなのは大きなお題目のもとに、関連する3つくらいのQに関するAを講演に含めてもらうことだ。そうすることによって、総合討論を含めその場でデルファイ法(専門家グループなどが持つ直観的意見や経験的判断を反復型アンケートを使って、組織的に集約・洗練する意見収束技法。技術革新や社会変動などに関する未来予測を行う定性調査によく用いられる)をするような効果が期待できる。

事前に意見交換をする

講演者には、500字くらいでいいのでレジュメを提出してもらう。講演者への要求を最低限にする理由は、自由闊達に話してもらうことで本人の専門性と興味を十分に生かした講演をしてもらうためだが、その分、オーガナイザーが全体像を描くためにはノイズが多いわけだ。そのノイズをどうシンポジウムの味にしていくかが大事だ。調理するためには食材の特性を事前に知る必要がある。また、これは広報のネタにもなる。

また、シンポジウムというのは一般聴衆に開いたものになる。先ほどデルファイ法の話を挙げたが、事前に少なくともメールベースで少し話をするのは重要だ。特に、トピックが絞り切れてない、全体の意見がバラバラであるという状態ならば、特に、いきなりシンポジウムをやるよりも、研究会をした方がいい。とはいっても、研究者が集まるのはそれなりに大変なので、講演者と企画2人くらいで100分程度のオンライン研究会で良い。

番外: おやじギャグ禁止?

これは、聴衆に受けてたので、必ずしも悪くない難しい問題なのだけど、文系の方々は同じ発音で別の意味の言葉を並べたり掛詞したりするの好きですよねぇ。でも、あれ学問的に本当に意味があると思います?「まなぶ=まねぶ」くらいがギリギリのラインだと思うんです。つまり、概念的関連性を語源の共通性が示している場合ね。まぁ、掛詞って日本的でいいかもしれない、これは本当に好みの分かれるところです、別にそのギャグに時間を取るわけでもないのだから、目くじらを立てることは無いのです。でも、相当しっくりくる場合じゃないと、無理して入れないでほしいです…個人的には。今回、質疑応答でも使いまわされていたので、本当に受けてたんですよね、だからこれは好みの問題だと思うんですけど。

少なくとも主催者側がテーマにするときには語呂が良いからとあまりギャグにこだわるのは危険だと思います。

この記事の背景

今日のあるシンポジウムがきっかけ。

「面白い」ってのは主観的な問題なので、そもそも「面白さ」を量るのが難しい。でも、参加者から一部ネガティブな反応をもらえたというのはありがたいことである。もちろん、絶賛が来れば言うことないのだが、運営側である僕自身、彼に「今日、どうだった?」と問われて、その切り出し方や目線から彼がネガティブな感想を抱いていることが分かったものの、特にネガティブな部分を指摘して先読み同調することも、逆にここはというポジティブな部分を先手主張することもかなわなかった。ピンと来ていない、とでもいうのだろうか。僕は運営側だというだけでなく、例年どおりでいけば僕が取りまとめる必要があったシンポジウムだったので、立場的に運営を批判できる立場にない。そこで自分なりに咀嚼した問題点を書いておこうと思っただけ。今回は「絞る」と「線のガイド」の問題が大きかったと思う。事前の意見交換についてはしていたようだが、テーマが個々の個性の中に埋没してしまった。