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Drafts

@cm3 の草稿置場 / 少々Wikiっぽく使っているので中身は適宜追記修正されます。

最近の教育に関する世間の話題と、新しい教育技術の関係

限られた教育資源の中で「何を学べるようにすべきか」と「何を学ばせるべきか」の問題があって、サインコサインは後者に入らないと思うけれど、その判断は難しい。進学校なら、サインコサインの基礎なんて1授業で十分な生徒が大半なはずで、中学で教えるのに十分コスパが高いと思うんだけど、それを30時間かけても理解できない子に学ばせるのはコスパが低い。

オンライン授業と、実験環境、大量の書籍、相談できるのに十分な知識を持った教員が提供されてこそいれば、中学以降の教育なんてオンデマンドでいい(つまり後者ではない)と思う*1。前者に関して、人文系を排するのは馬鹿らしいのは何度も述べているけれど、もっと学びたい人が学びたいことを学べてそれが評価される環境を整備するのに教育資源を割くべきで、小学用の教育資源はとりあえず習熟度別にして、低習熟度にはもっともっと少人数指導をすべきだ。大人数の社会を理解するために今の1クラスかもっと大人数のまとまりは残す必要があるけれど。

何を言いたいかというと、サインコサインがとか*2人文系の知識がとか議論する人たちが義務教育的な画一的な教育を想定しすぎていて、技術的にオンデマンド型にできる現代においてとても意味のない議論をされているのではないかと思うということです。

関連:

*1:それはADHD的な性分のバイアスがかかっているかもしれないが

*2:「女性が」という限定修飾は個人的にも社会的にも論外なので特に本文では触れないよ。