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Drafts

@cm3 の草稿置場 / 少々Wikiっぽく使っているので中身は適宜追記修正されます。

利用規約で公序良俗違反を禁止する前に。

「公序良俗 規約」でぐぐるといろんな会社の規約がひっかかる。しかし、それは規約に書かなくても、公序良俗に反するものはもとから民法90条にダメって書いてあるんだからいいんじゃないの?と思って少し考えたみた。もともとは政府標準利用規約(第1.0版)がオープンデータではないという話から来ているが、その解説にも、

コンテンツを編集・加工等した場合にはそのことを記載させること、公序良俗に反するなど各府省が望ましくないと考える利用は認めないことなど、コンテンツを公開する府省の考えを併せて示すことができること。

と書いてあるだけで、法的な有効性の議論が為されたわけではなさそうだ。

民法90条で無効とされているのは法律行為であって、なんでもかんでもというわけではない。あるデータを加工して、エッチなデータに見せかける加工をするといった法律事実は民法90条の扱う範囲ではなく、無修正画像に関して刑法175条 (わいせつ物頒布等)が適用されるのと同じような扱いになるんじゃないか。個人に間接的に危害が及ぶような場合は、その危害を幇助した罪に問われるだろうし、もちろんそこには中立的行為による幇助に相当するかの議論が必要になる。つまりもっと具体的な法律の下で議論になる。

もちろん民法90条の適用事例は数多くあるが、不倫の契約だとか、悪徳商法の契約だとかばかりで、あまりこのケースと関わるものじゃないし、もし関わったとしたら冒頭に疑問を呈したように規約に書かずとも適用可能な性質のものであるはずである。つまり、利用規約に書く意義がよく分からない。

ではいったいなぜ、サービスの利用規約に公序良俗違反禁止条項が盛り込まれがちなのか。オープンデータの文脈においてその姿勢はたびたび批判されるが、一方で、十分に理解されていないのではないかとも思う。

サービス提供側の判断で文句言えるようにしたい、できるなら利用を停止したいというのが本音だろうと思う。「規約 "従って頂けない場合"」などでググると想像しやすいと思うが、ある施設で迷惑行為があった場合に、いちいち「〇〇法××条に基づいてあなたの利用を認めません!」とかやるのは法律マニアの厨二病がやることであって、実際は「他のお客様のご迷惑になりますので、すみませんが…」といった形でその迷惑行為が排除されるし、その時にサービス提供にとって、客に事前にそういう排除があり得ることを通知しておくというのは揉め事を避けるために重要なのである。ブログサービスを運営していて不適切なブログがあったときにサービスへの批判を避けるために削除してしまいたい、ということは実際によくある話だろう*1

GUNMAGISGEEKのブログで、

「なぜ誰でも簡単に利用できるような形で公開したんだ」や「なぜ制限を掛けなかったのか」というオープンにしたこと、オープンデータそのものへの批判

が予見されているように、サービスの利用者の一部が他人に迷惑をかけた場合に、迷惑をかけた人ではなくサービス事業者を責められがちであるという問題が背景にある。発行者側としては、どのように利用されても利用した側の問題ですと言えれば楽だろうし、私はそれを支持するが、世の中はそれを支持しているとは言い難いのが現状である。

そこで公序良俗条項が欲しくなるのはよくよく理解されなければならない。「府省の考えを併せて示すこと」で、問い合わせを必要とするなどの方法で利用を阻害せずに、不正な利用を防ぎたかった、不正な利用が起こった際には利用の停止を要求すると。全くもってまともな態度である。問い合わせを省くことの是非については情報公開請求の負担増に対して、「手数料を上げる渋谷区」と「データ公開に踏み切ったカリフォルニア州」のようなコスト意識の問題や、そもそも利用者の悪意なんて判断できないという問題までいくらでも説明は用意できるが、「府省の考えを併せて示すこと」まで批判する、もしくは、批判しているように思われるのは、オープンデータ推進側からしても望ましくないことではないか。

そこで、僕は以下のように発言した

法的有効性は怪しいし、そこは発行者側においても問題にされていない。でも、利用に際して望ましい利用と望ましくない利用について意思表示したい。じゃあ、法的拘束力があるようにみせかける(?)のはやめて、シンプルに望ましくない利用が起こらないように手助けをするガイドラインを提供すればいいのではないかと思っている。

あと、前述のように、「サービス利用者の一部が他人に迷惑をかけた場合に迷惑をかけた人ではなくサービス事業者を責めることが妥当だと思われ」過ぎていることがサービス事業者による過剰な規制の元になっているのではないか。それは会員制のクラブのおもてなしならわからないでもないが、サービスの利用者が幅広く多様になるほど、過剰な責任転嫁は過剰な責任回避を引き起こす。

参考:

「公序良俗って何よ」ってのはよく問題になる。刑法第百七十五条もにたような定義問題で揺れる。個人的にはモザイクかけたらOKの意味が分からない。AVに関しては意志に反してAVに出演させられたり続けさせられたりする問題を解決することが最も大事で、モザイクだけに頼った公序良俗になんの意味があるのか分からない。モザイクの有無に興味が無いからあまりツッコまないけど。

著者は「こういう本を書こうと思った理由は、強く生きろ、自殺は弱いもののすることだ、などということが平然と言われている生き苦しい世の中に風穴をあけて、ちょっとは生きやすくしたいからだ」と書くことで望ましい利用を示すけれども、自殺するために買ってはいけませんと本屋でサインさせられるとしたら馬鹿らしいでしょ?分かり易い喩だとこれかな。もちろん、ほとんどのデータはここまでキワドくないんだけれど。

適切な利用は誰の責任か、という問題の枠組みからすると、PL法の話も参考になるだろう。

公序良俗に反する利用を根拠にネット利用を規制すべきかという話。

国際的な問題?

国際的な公序良俗ってかなりあいまいだねと思ったら 国際私法における公序。|抵触法の沼地 という話があるらしく、これまた冒頭と同じくわざわざ規約に書く意味がないと思われる。

データの提供とサービスの提供の違い

サービスの提供の場合は例えば上に挙げたブログサービスの場合強制退会をサービス側ができる等の強制力があるが、データの提供の場合はそういう強制力を発動することができない。そういう意味でも、データの提供において公序良俗違反条項は無意味である。

データ提供の意図を伝えるならばオープンデータ憲章とかが近いかな

個々のデータに対してガイドラインを作るのは骨が折れる。埼玉の例も総務省の資料を元に作ったという回答があった。だから、第4回電子行政オープンデータ実務者会議 議事次第にある資料のように憲章的なものを政府が提示して、そこにリンクを張る、もしくはその都道府県版とかを置いておくとかですな。

*1:これはブランディングの問題でもある。国が提供するから、学会が提供するからといった提供主体に過度にブランディングを求めると公序良俗違反にセンシティブにならざるを得ない